おせちの歴史

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おせちの歴史

おせちには定番の料理があります。最近は洋風の料理を採用するところも増えていますが、やっぱり日本の伝統的な料理が基本になります。

お重に入った、伊達巻き、数の子、かまぼこ、黒豆、エビ、焼き魚、野菜の煮物……。

誰もが頭に思い浮かべるこの形、実は案外新しくて、できあがったのは江戸時代後期のことです。

それ以前はどんな形だったと思いますか?

おせち料理はもともと中国の五節句に食べる料理を指していました。味わうための料理というより、邪気をはらい、今後の末永い幸せと健康を願う祭事としての意味合いが強く込められていました。

それが日本に伝わり、平安時代には宮廷行事としておせちを食べる習慣が貴族の間にできました。

しかし、この頃のおせちは、高盛りにした御飯などで、おおよそ今のお重からはほど遠い形でした。

江戸時代に入ると、幕府によって五節句が祝日に指定されます。天下統一によって乱世が終わりを告げ、大衆文化が花開いた時代のこと。庶民の間でも貴族の習慣が真似られるようになり、五節句のうち最も重要なお正月に食べられるおせちが発展していくことになります。

きらびやかなお重に詰められるようになり、験を担いだおめでたい名前の料理や豪華な食材を使ったごちそうが並ぶようになります。

やっぱり日本の伝統料理であるおせちをきちんと作りたい、味わいたいという人は多いと思います。

しかし、言い換えれば今のおせち料理も、昔ながらとは言っても300年程度の歴史で、贅沢を求めた庶民文化から生まれたもの。もともとのおせち料理という意味合いからも、そもそも逸脱していると言ってもなかなか反論できません。

今のおせちが洋風の料理を取り入れているのも、当然の進化なのかもしれませんね。
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